松尾知枝の波瀾万丈すぎる生い立ちにぜひ見習いたい【折れない心】

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著名人

TVでコメンテーターとして活躍する松尾知枝さんが、キラキラ輝いていてとても美しいと思いませんか?

 

会社経営のかたわらTV出演をこなす松尾知枝さん。

その生い立ちと経歴が波瀾万丈すぎることも知られるところです。

 

 

10歳から18歳まで児童養護施設で暮らした後、大学進学。

モデルやイベントコンパニオンのアルバイト経験を活かして航空会社の国際線CAとして採用。

芸能界へ転身しグラビアアイドルとして活躍。

「合コン婚活アナリスト」としてコラム連載や講演活動に加えて著書出版多数。

 

 

ざっくりまとめただけでも凄すぎる経歴ですが、特に幼少期からの生い立ちは過酷としか言いようのないものだったそうです。

その中で松尾知枝さんが逆境に負けず、如何にして「折れない心」を保ち続けたのか?

心を折らずに成功を掴めた要因とは何だったのか?

 

それを考えてみたいと思います。

 

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波瀾万丈すぎる生い立ち

では松尾知枝さんの波瀾万丈すぎる生い立ちを、とあるインタビューをもとにもう少しだけ詳しく見ていきましょう。

 

びっくりするほど貧しかった

壁をひっかくとボロボロと崩れる6畳一間・風呂なしのアパートにて、新聞配達員の父と専業主婦の母のもとで育つ。

料理好きな母は色々と工夫して料理を作ってくれたので、貧しいながらも幸せな家庭だった。

 

しかし父親が生活費を入れないこともあり、生活苦が続く中で母親は精神の均衡を崩していった。

 

母親に手をあげられることが増える

小学校入学前には母親は病気になっていた。

 

家はゴミ屋敷と化し、食事はご飯に醤油をかけただけ。

公的援助を受けてようやく買えたランドセルはビニール製のもの。

小学1年生の終わり頃には貧しさを理由にいじめられるように。

 

母親の病状は悪化の一途で、声を掛ければ罵詈雑言しか返ってこず、癇癪を起すと娘に手をあげるようになった。

 

児童養護施設へ

母親の病状が悪化するほど父親は家に帰ってこなくなった。

ある日、いつにも増して激しく手をあげる母に命の危険を感じ隣家に避難。

その後、父に連れられ児童養護施設へ。

 

父は「じゃあね」と一言残し、振り返ることもなく帰っていった。

「不思議と恨みや怒りはなくて、ただ悲しかったですね」

 

これ以後、高校卒業までの8年間を児童養護施設で暮らすことに。

 

大学入学~社会人生活

当時、児童養護施設からの大学進学率は10%に満たなかったが、頑張って合格。

しかし、学費のための貯金を父親が使い込んだり等もあり、モデルやイベントコンパニオンのバイトに明け暮れる。

めげることなく、華やかな世界でのバイトで暗い性格を変え、人と接する力を鍛えることに努める。

 

人生が好転

バイトの経験を活かし、成田空港の美人コンテスト『エアポートプリンセス』に選ばれる。

航空会社のCA採用試験にも合格し、フライトを務めつつ初の合コンも経験。

国際線ファーストクラス乗務を務める頃、芸能事務所からスカウトを受けグラビアアイドルとしてデビュー。

 

その後、飛び込みで訪れた出版社で自身の合コン体験をもとにした著書の出版が決定。

「合コンアナリスト」としてのTV出演や、講演で自身の生い立ちを語るようになる。

2010年には婚活セミナー等を手掛ける会社を設立。

また現在の夫と知り合い、諦めずに臨んだ結婚も果たす。

 

 

初めて夫を実家に連れて帰った際には、今では薬さえ飲めば普通に生活できるまでに回復した母親が料理を振舞ってもてなしてくれた。

 

心を折らないためには…?

松尾知枝さんの波瀾万丈すぎる生い立ち、そしてその後の好転した人生を見てきました。

小学校低学年の時点で命の危険を感じる家庭環境は凄まじいとしか言いようがないですよね。

 

そんな過酷な状況の中、松尾知枝さんは如何にしてその心を折ることなく生きてきたんでしょうか。

あるTV番組の取材で、逆境に負けず、折れない心を保ち続けた秘訣を聞かれた際の松尾知枝さんの答えとは…?

 

「幸せになってやろう」

父も母も、愛してくれる人が、そばにいない。

学校ではいじめられ、弱音を吐ける先生や友達もいない。

 

「グレる」というのは関心を引きたくて取る行為。

つまり甘え。

グレても誰も構ってくれないなら、グレるだけ損。

 

「好き」でも「嫌い」でもない「無関心」。

存在すらどうでもいい、空気と同じ「無関心」。

誰からも「無関心」な自分が悲しすぎて涙も出ない。

 

 

甘えたい盛りのわずか10歳の少女がその時出した答えが…

幸せになってやろう。

幸せになることが復讐になるのだ。

 

引用:松尾知枝オフィシャルブログ

 

10歳にしてここまでのことを考えないと自分を保てなかったのでしょう。

壮絶すぎて言葉が出ません。

もしも自分がこのような状況に置かれていたらと考えると…間違いなく潰れてたでしょうね。

今以上にダメな人間になっていた姿しか想像できなくて、乾いた笑いが出てきます。

 

意識の転換

松尾知枝さんは、10歳の時に出した答えを振り返り、これを「意識の転換」と言います。

出来事に対する「解釈の仕方」は変えられる、とも。

「逆転の発想」と言ってもいいかもしれませんね。

 

 

「誰にも愛されてないんだから、グレちゃえ」という投げやり思考から、

「誰にも愛されてないだったら、幸せになってやる!」というプラス思考へ。

 

 

他人のせいにするということは、その人への期待や甘えが残っていること。

その人が100%悪かったのだとしても、状況を変えるために自分はどう解釈し、どう行動するか?

それが、自分視点で物事を捉え直すということではないか。

 

 

被害者意識から自分意識への転換

マイナスの出来事をプラスに解釈する…つまり、解釈の仕方を変える

この「意識の転換」を行ったことで、グレることなく勉強に励み、人生が好転し始めた。

 

 

 

松尾知枝さんはこのように、「意識の転換」によって転機が訪れ人生が好転したと語っています。

 

【関連記事】成功者に見る「意識の転換」「発想の転換」

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「意識の転換」の例

「意識の転換」とはつまり、物事を普段とは別の角度から見ることで「解釈の仕方を変える」こと。

これがおわかりいただけたと思います。

「最大のピンチこそ最大のチャンスだ!」という、いわゆる「逆転の発想」も同義だと言えるでしょう。

 

 

では、松尾知枝さんがその波瀾万丈すぎる生い立ちの中で、どのように物事を別の角度から見て普通とは違う解釈をしてきたんでしょうか。

詳細に語られていない部分は想像も交えつつ、ちょっとまとめてみたいと思います。

 

松尾知枝さんの例

出来事普通の解釈別角度からの解釈
貧しさ等で家庭崩壊。養護施設入り。なんでこんな人生なの?もう終わりだよ…お金で困らないように、稼げるようになってやる!

(→ハングリー精神の芽生え)

親の愛を受けられず、生きる意味が見出だせない。どうせ誰にも愛されてないし、グレて滅茶苦茶やったろか…今まで不幸だった分も幸せになってやる!

(→器の中身が0なら満たしてやろう!というポジティブ思考)

父親に使い込まれて学費が無い!ふざけんなよ…もう学校辞めるしかないわ…モデルの高額バイトで稼いでやる!ついでにコミュ力も鍛えて将来につなげてやる!

(高額かつ付加価値も期待できる仕事に就けるきっかけになった!ラッキー!)

そのまま受け取ればネガティブな要素ばかりな物事でも、見方を変えることで前向きに捉えられることがわかります。

とは言え口で言うほど簡単ではないのが難しいところなんですけどね。

 

筆者の例

では松尾知枝さんに倣って、私も前向きな解釈にチャレンジしてみます。

出来事普通の解釈別角度からの解釈
やっべ寝坊した!遅刻する~会社行きたくねえ~…睡眠時間多めに取れてスッキリ!1日頑張ろう!
あぁ~財布忘れたあ~!コーヒーも飲めないし昼飯も食えないから今日はダメだ。仕事もテキトーでいいや…少しだけ節約できたし、帰ったらメシが美味いぞ~!
もうこの会社やだ…辞めたい…そうは言っても給料のためには辞められんしなぁ…会社に頼らず自力で稼ぐ方法を考えてみよう!

情けない例ばかりで本当恥ずかしいです(笑)

 

 

 

しかしながら、こういう日常のちょっとした物事から見方を変えていくのは悪いことじゃない気がします。

松尾知枝さんもこうおっしゃっています。

あなたのいつもの視点にひとさじのユーモアを加えるだけで

まずい状況も美味して魅力いっぱいのチャンスに変身しちゃうかもしれませんね

 

引用:松尾知枝オフィシャルブログ

 

まとめ

松尾知枝さんの波瀾万丈すぎる生い立ちと、その中にあっても折れない心の秘密を解き明かしてきました。

 

貧しい家庭に育ち、両親の愛も受けられず養護施設入り。

10歳にして人としての甘えを捨てなければ生きていけなかった。

そんな壮絶な状況にありながらもなぜ心が折れなかったのか?

 

 

その秘密は「意識の転換」にありました。

物事を普段とは別の角度から見ることで解釈の仕方を変えること。

これによりネガティブな物事のすべてを前に進むポジティブな力に変え、それが転機を呼び込み、成功へとつながっていったのです。

 

意識を転換し解釈を変えると言っても、それを行い実際の行動に結びつけるのは言うほど簡単ではないでしょう。

しかし、日常のほんの些細なことからでも「別の視点から見て、考える」ということを意識することで、少しずつ慣れてくるかもしれません。

頭のトレーニングのつもりで少しずつ意識を変えていく…。

それならば出来そうな気がしませんか?

 

 

やらなければ0のままですが、少しでもやれば1だろうが0.1だろうが進むはずです。

松尾知枝さんの「意識の転換」論には個人的にとても感銘を受けました。

私も、この実に情けない人生(笑)を良い方向に持っていくために、「意識の転換」を心掛けて「折れない心」を手に入れたいと思います!

 

東京都労働委員会認証の合同労働組合【退職代行ガーディアン】



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